アスペルガー症候群の太郎が幼児期に入ると、家の外でのトラブルが増えました。
一番困ったのが買い物です。
スーパーは博物館
太郎がベビーカーや買い物カートに乗っていてくれていた時期は、お買い物はエンターテイメントでした。
五感すべてで遊べました。
「丸いねー」「赤いねー」「これはワンワンの」「おいしい匂い!」といった具合です。
買い物カートから脱走することを覚えてしまうと、一通りの必要な買い物をするのも徐々に困難になっていきました。
お肉のパックを選ぶのに、ほんの少し横を向いた間に、カートを押す私に少しも触れることなく、コツゼンと姿を消すのです。
3歳児の太郎は、私が一番困ることを知っているかのようでした。
走り回って捜した揚句、お酒やお酢などのビン類を棚から、1本ずつ下ろして通路に並べているのを発見することになります。
1本も割らずに、さらなる脱走を防ぎながら、商品を棚に戻し終えたると、太郎がさらに魅力的なものを発見する。
それを手に取るのを私に邪魔されて、かんしゃくを起こす前に、取りあえず会計を済ませて、スーパーを脱出するのが急務となります。
かんしゃくに四苦八苦
私たち親子のスーパーでの攻防戦は、店員さんやガードマンさんに広く知られるようになり、ずいぶんとお世話になりました。
冷蔵庫が本当にカラになり、晩ご飯が作れない日が出始め、主人に協力を要請しましたが、「どうしてお前はよその子と同じようなしつけができないんだ。」となじられました。
他の子より、こんなに聡くて発達の早い子どもを悪く言うなんて、なんて未熟な母親なんだ、と。
アスペルガー症候群の太郎を育て、しつけることの難しさや大変さを理解してくれる人は、その時はいませんでした。
だったら、いくらでも太郎の思いに沿って工夫ができますが、家の外となると全く別の問題です。
道で行き合った友達と少し立ち話することも、電話で話すことも、本を読むことも、全てかんしゃくの引き金になりました。
かかってきた電話には、対応するしかありません。
そういう時、太郎はかんしゃくを起こして、高い所から飛び降りたり、蛇口の水を出しっぱなしにしたり、本棚の本を片っ端からほうり出したり、大騒ぎをします。
私は、子機を持ってウロウロと対応しながら、相づちを打つのが精いっぱいです。
これらの問題行動や、母親が責められる構図は、後に出会うアスペルガー症候群の子供を持つお母さん方との間で、「うちの場合はね」談義として、お互いに笑い飛ばそうと、武勇伝のように披露しあったものです。
でも当時は、すべてを太郎に奪われたような気がしていました。
「人並み」をあきらめる
私はそのころ、私自身が「人並みでいること」をあきらめました。
精神的に追い詰められていたとは思いますが、私自身が良いお母さんとして評価されるかどうかよりも、ただ太郎を優先したのです。
この開き直りは、大きく私を助けてくれることになります。
孤独ではありましたが、太郎の笑顔や成長はご褒美として申し分もないものでした。
まず、スーパーでの買い物をやめました。
生協の宅配で一週間分の食材を調達するのです。
インターネットを通じた通販が充実しだした頃と重なり、衣料品や日用品のほとんどを通販で調達するようになりました。
主人は、そのころ大学の講師の仕事を得たばかりで、低いレベルながら収入が安定し始めたので、そういった思い切ったことが可能になりました。
周囲からは益々変人扱いでしたが、太郎とのバトルを減らす方が私には大事でした。
副産物としてのアスペルガー症候群の対処方法
生協で安いお買い得な旬の品物を中心に、栄養的にバランスがとれるように、注文リストを作ります。
結果的に「余計な買い物をしない」「一週間で食材を使い切る」「腐らせない」などの良い面を活かし、食費はだいぶ引き締まりました。
また、栄養バランスも摂りやすくなり、料理の腕も上がりました。
在庫にある材料で何とか一汁三菜をひねり出すのは、ゲーム感覚で楽しみました。(食事の内容は家族には好評なので、自分では合格点だと思っています。)
この生活の一大改革には、さらに大きな副産物がありました。
アスペルガー症候群の太郎が、「キーワード」「うんちく」「解説」「分類」などの情報が好き(受け入れやすい)ということが分かったことです。
後に受ける発達検査で、太郎のIQは言語性に突出していることが分かります。
検査結果の説明を言語聴覚士がしてくれた際、このエピソードを話すと、なるほどとうなっていました。
太郎の特性は言語能力の高さ
アスペルガー症候群といっても、個々の特性の出方はそれこそ千差万別です。
太郎の場合は、言語能力の高さに大きく偏っていることが特徴ですが、実地体験として、自分自身で太郎とのかかわり方を探し出せたことは、大きな自信になりました。
どの子にも共通する通過点だと思いますが、「あれイヤ、これイヤ、これだけ」と、好き嫌いが出る時期があると思います。
アスペルガー症候群の太郎は「うんちく」で、それを克服しました。
好き嫌いを言いだした時、当初は調理で見た目や味をごまかす方法で乗り越えようとしました。
でも、これがことごとく見破られます。
万策尽きたような思いで、「このお魚には、カルシウムという骨の素が入ってるの。背が伸びるよ」と言ってみました。
すると、「ホント?! じゃ、ぼく食べる!(がつがつ)オイシイー!」で、お替わりをねだるのです。
「えらいね~。おいしいね~。ほい」と、次を渡しました。
内心、「好き嫌いを言っていたのは、うそだったのか」と思うほどでした。
栄養素、原産国、調理法、うんちくは何でもよいことが後になって分かってきます。
私もずいぶん勉強しました。
今、太郎に好き嫌いはありません。
アスペルガーは五感が敏感
ちなみに、次男にも「うんちく」を垂れてみましたが効果はなく、味や見た目の工夫、「一口でも食べてごらん」という、親の半ば無理強いで好き嫌いを克服しました。
アスペルガー症候群や、その他の発達障害を持つ子どもたちは、五感が敏感なために、さまざまなものに好き嫌いが激しくなってしまいがちです。
フライドポテトしか野菜を受け付けない子も知っていますし、タコやしいたけ、ナスなどの「ぐにっ」とした感触の食品がダメという子も知っています。
味覚に限らず、肌触わりや匂いに敏感で、着られない素材の服があったり、どうしても苦手な場所が出来たりしてしまいます。
お母さん方は、子どもの栄養や環境のことに心配が尽きません。
アスペルガー症候群の太郎の苦手攻略法が、「うんちく」であると分かったことは、本当に恵まれていたと思います。