国民の祝日一覧/それぞれの祝日の意味と由来

国民の祝日

「成人の日」や「春分の日」などは祝日ですが、これらを始めとした「国民の祝日」は「国民の祝日に関する法律」で定められていて、全部で十六の祝日があります。

それぞれの祝日には、どんな意味があるのでしょうか。

国民の祝日の一覧

元日:1月1日
成人の日:1月の第2月曜日
建国記念の日:政令で定める日
天皇誕生日:2月23日
春分の日:春分日
昭和の日:4月29日
憲法記念日:5月3日
みどりの日:5月4日
こどもの日:5月5日
海の日:7月の第3月曜日
山の日:8月11日
敬老の日:9月の第3月曜日
秋分の日:秋分日
スポーツの日:10月の第2月曜日
文化の日:11月3日
勤労感謝の日:11月23日

国民の祝日の意味・由来

元日:1月1日

「年のはじめを祝う日」

元日の早朝には、天皇が天地四方を拝して豊作と無病息災を祈る「四方拝」という祭祀が行われるので、戦前は「四方節」と呼ばれていました。

四方節は、平安時代の頃から宮中で行われていた、豊作と無病息災を祈る行事ですが、当時は宮中だけでなく、貴族や庶民の間でも行われていたといわれています。

古来の正月は、年神様や祖先の霊を迎える行事でしたが、次第に、祖霊を迎える行事は、盆や彼岸などの方が盛んになっていき、正月は、年神様を迎える行事が中心になっていきました。

成人の日:1月の第2月曜日

「おとなになったことを自覚し、みずから生き抜こうとする青年を祝いはげます日」

以前の成人の日は、1月15日でしたが、いわゆるハッピーマンデー制度(月曜日を祝日として、3連休を作る制度)により、2000年から、1月の第2月曜日となりました。

旧暦では、1月15日は小正月と呼ばれ、各地で豊作を願う行事が行われるほか、多くの武士が元服の儀式を行っていたので、以前は、これに倣って、1月15日を成人の日としていました。

建国記念の日:政令で定める日

「建国をしのび、国を愛する心を養う日」

「建国記念の日」の由来は、「古事記」と「日本書紀」において、初代天皇とされる神武天皇が即位した年が紀元前660年で、その日付を現在の暦に換算すると「2月11日」になるというのが、由来とされています。

紀元前660年を元年とする年の数え方を、「神武天皇即位紀元(神武紀元)」といいますが、戦前は「紀元節」と呼ばれていました。

戦後は、GHQの意向で一時廃止となっていましたが、1966年に「建国をしのび、国を愛する心を養う」日として、制定されました。

「建国記念日」と表記されているのをよく目にしますが、正しくは「建国記念の日」です。

ちなみに、「建国記念の日となる日を定める政令」では、次のように「二月十一日」と定められています。

建国記念の日となる日を定める政令

内閣は、国民の祝日に関する法律(昭和二十三年法律第百七十八号)第二条の規定に基づき、この政令を制定する。
国民の祝日に関する法律第二条に規定する建国記念の日は、二月十一日とする。

天皇誕生日:2月23日

「天皇の誕生日を祝う日」

2019年(令和元年)5月1日の明仁天皇から徳仁天皇への譲位に伴い、天皇誕生日は、明仁天皇の誕生日(12月23日)から徳仁天皇の誕生日(2月23日)に移行する形で設定されました。

このため、日程上、2019年は祝日としての天皇誕生日が存在せず、実際の運用は2020年(令和2年)からとなっています。

春分の日:春分日

「自然をたたえ、生物をいつくしむ日」

各年の春分日は、国立天文台が作成する「暦象年表」に基づいて、閣議において決定され、前年の2月に公告されます。

戦前は、歴代の天皇や皇族の霊を祭る「春季皇霊祭」という祭日でしたが、現在では、宮中で、祭祀として行われています。

皇霊祭は、祖先供養の風習を、仏教色を除いて宮中行事化したものですが、春分の日の趣旨は、本来の自然観に立ち返って、自然をたたえ、生物をいつくしむものとされています。

春分の日は、春の彼岸の中日になります。

「春分の日は、昼の長さと夜の長さが同じになる。」と、よくいわれますが、実際は、昼の方が10分前後長くなります。

これは、日の出・日の入りの定義が「太陽の上辺が、地平線(または水平線)に一致する時刻」となっているからです。

もし、「太陽の中心点が、地平線(または水平線)に一致する時刻」を日の出・日の入りとすれば、昼と夜の長さはほぼ同じになりますが、実際は、太陽の上辺が地平線(または水平線)に一致した時が日の出になるので、太陽の半径分だけ、夜より昼の方が長くなることになります。

日の入りの際も同様に、太陽の半径分だけ、夜より昼の方が長くなります。

秋分の日も、同じ理由で、夜よりも昼の方が長くなります。

昭和の日:4月29日

「激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす日」

「昭和の日」は、昭和天皇の誕生日で、1989年に昭和天皇が崩御されるまでは、「天皇誕生日」という祝日でした。

昭和天皇の崩御に伴い、天皇誕生日は12月23日となりましたが、4月29日は、昭和天皇が植物に造詣が深く、自然を愛されたことにちなんで「みどりの日」と名付け、祝日として残されました。

これは、祝日法が新しく制定された時に、明治天皇の誕生日を「文化の日」として残した例に倣っているといわれます。

祝日の名称については、「昭和記念日」など、昭和にちなんだ名称にする案もありましたが、当時の政治情勢などで実現しませんでした。

その後、3度の改正法案の提出を経て、ようやく2007年から「昭和の日」となりました。

昭和の日は、戦争、敗戦、復興、繁栄と、激動の歴史を辿った、昭和時代の記念日ともいえます。

ちなみに、「みどりの日」は、5月4日に移されています。

憲法記念日:5月3日

「日本国憲法の施行を記念し、国の成長を期する日」

「憲法記念日」は、日本国憲法が施行されたのが、1947年5月3日であることに由来しています。

日本国憲法の公布は、1946年11月3日ですが、これは、大日本帝国憲法が1889年2月11日の紀元節の日に公布された先例に倣い、明治節(11月3日:明治天皇の誕生日)の日が選ばれたからだといわれています。

先例に倣えば、11月3日を憲法記念日としても、おかしくはなかったのですが、当時の人々の明治節への愛着が強く、明治天皇に関係する日を何とかして残そうとし、憲法記念日は、公布日の11月3日ではなく、施行日の5月3日にされたとされています。

みどりの日:5月4日

「自然に親しむとともにその恩恵に感謝し、豊かな心をはぐくむ日」

「みどりの日」は、元々は、祝日法で「その前日及び翌日が「国民の祝日」である日(「国民の祝日」でない日に限る。)は、休日とする。」と定められた「休日」で、「国民の休日」などと呼ばれていました。

2007年から、4月29日が「みどりの日」から「昭和の日」に改称されたことに伴って、それまでは「国民の休日」と呼ばれていた5月4日が「みどりの日」となりました。

2007年から、みどりの日が、4月29日から5月4日に移動したということになります。

こどもの日:5月5日

「こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する日」

「こどもの日」は、端午の節句が、由来になっています。

5月5日の「端午の節句」は、1月7日の「人日の節句」、3月3日の「上巳の節句(桃の節句)」、7月7日の「七夕の節句」、9月9日の「重陽の節句」とともに、五節句とされていました。

こどもの日の由来となった「端午の節句」は、菖蒲(しょうぶ)を飾って邪気を払うのが「尚武」や「勝負」につながるということから、勇壮な男の子の祝いとされますが、「こどもの日」は、男女問わず「子供」を祝う日です。

男の子だけではなく、女の子も含めた、子供全員をお祝いする日です。

また、あまり知られていないかもしれませんが、子供の日は、子供を祝うだけではなく、子供を生んだ母に感謝する日でもあるので、覚えておきましょう。

海の日:7月の第3月曜日

「海の恩恵に感謝するとともに、海洋国日本の繁栄を願う日」

「海の日」は、明治天皇が、東北地方を巡幸の後、初めて軍艦ではない船に乗り、青森から函館を経由して横浜港に帰還したのを記念した日とされています。

1995年に制定された祝日で、当初は7月20日で固定されていましたが、ハッピーマンデー制度により、2003年からは、7月の第3月曜日となりました。

この日が「海の日」として祝日に制定される以前は、「海の記念日」という記念日でした。

山の日:8月11日

「山に親しむ機会を得て、山の恩恵に感謝する日」

「山の日」は、2016年に制定された新しい祝日ですが、山に関する明確な由来があるわけではありません。

「山の日」としたのは、「海の日があるのに、山の日がない」という声が、一因になったともいわれています。

制定に当たっては、当初、盆休みと連続させやすいという理由から「8月12日」とする案がありましたが、この日は、1985年の日本航空機墜落事故(御巣鷹山の墜落事故)と同日となるため、「8月11日」になったといわれています。

山に関しては、名峰のある地域では、独自に山の日を制定している自治体も多く、時期的にも、盆休みや夏休みの時期と重なるため、祝日としての意義が感じられにくいと感じている人も少なくないようです。

敬老の日:9月の第3月曜日

「多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う日」

「敬老の日」の由来は、兵庫県多可郡野間谷村の村長が、農閑期で気候も良い9月15日を「としよりの日」として村独自の祝日とすることを提唱したのが始まりとされています。

1951年には、中央社会福祉協議会(現.全国社会福祉協議会)が9月15日を「としよりの日」と定め、9月15日から21日までの1週間を、運動週間としています。

1963年制定の老人福祉法では、9月15日が「老人の日」、9月15日から21日までが「老人週間」として定められます。

さらに、1966年の祝日法の改正で、9月15日が「敬老の日」として制定され、それに伴い、老人福祉法の「老人の日」は「敬老の日」に改められました。

その後、ハッピーマンデー制度によって、2003年から、敬老の日は9月の第3月曜日となっています。

秋分の日:秋分日

「祖先をうやまい、なくなった人々をしのぶ日」

各年の秋分日は、春分日と同様に、国立天文台が作成する「暦象年表」に基づいて、閣議において決定され、前年の2月に公告されます。

戦前は、歴代の天皇や皇族の霊を祭る「秋季皇霊祭」という祭日でしたが、現在では、宮中で、祭祀として行われています。

皇霊祭は、祖先供養の風習を、仏教色を除いて宮中行事化したものですが、秋分の日の趣旨も、祖先をうやまい、なくなった人々をしのぶものとされています。

秋分の日は、秋の彼岸の中日になります。

ハッピーマンデー制度によって、敬老の日が9月の第3月曜日になりましたが、9月の後半は、秋分の日も含めて、休日が続くことが多くなるので、「シルバーウィーク」と呼ばれたりします。

敬老の日と秋分の日が二日違いの年には、敬老の日と秋分の日に挟まれた日も、祝日法によって休日となるので、最大で五連休の大型連休になる可能性があります。

スポーツの日:10月の第2月曜日

「スポーツを楽しみ、他者を尊重する精神を培うとともに、健康で活力ある社会の実現を願う日」

「スポーツの日」は、2019年までは「体育の日」と称されていました。

「体育の日」は、1964年に開催された東京オリンピックを記念して、1966年に制定された祝日です。

制定当初は、開会式が行われた「10月10日」が「体育の日」とされましたが、ハッピーマンデー制度によって、2000年からは、10月の第2月曜日となりました。

1964年の東京オリンピックは、オリンピックとしては異例の「10月開催」でしたが、これは、日本特有の夏の蒸し暑さを避け、秋雨前線の活動も沈静化する時期に開催するためだったといわれています。

1964年の東京オリンピックの際に「体育の日」として制定された祝日が、2020年の東京オリンピックを機に「スポーツの日」に改められました。

文化の日:11月3日

「自由と平和を愛し、文化をすすめる日」

11月3日は、日本国憲法の公布日です。

日本国憲法が、自由と平和の文化国家を理想としていたことから、この日を「文化の日」としたといわれています。

憲法記念日は、日本国憲法が施行された、半年後の5月3日です。

11月3日は、明治時代は「天長節」、昭和になってからは「明治節」と呼ばれていた、明治天皇の誕生日でもあります。

「明治節」は、戦前は、祝日に定められていました。

勤労感謝の日:11月23日

「勤労をたっとび、生産を祝い、国民たがいに感謝しあう日」

「勤労感謝の日」は、飛鳥時代に始まったとされる、収穫物に感謝する行事「新嘗祭(にいなめさい)」が由来になっています。

新嘗祭は、旧暦の11月の2回目の卯の日に行われていましたが、新暦では、12月下旬の冬至に近い頃になります。

しかし、新暦に移行した初年度(1873年)には、新暦11月の2回目の卯の日の「23日」に新嘗祭が行われ、以後、その日で固定されて今日に至っています。

「11月23日」に、特別な意味があるというわけではありません。

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