S先生との出会いは、アスペルガー症候群の子の親として、とても貴重なものになりました。
S先生との出会いがなかったら、私は学校に無理な要求ばかりするモンスターペアレントになっていたかもしれません。
未経験だからこそ、アスペルガー症候群の対応に熱心
S先生にとって、太郎のクラスが初めて受け持ったクラスです。
独身だったので、自身の子育て経験もありません。
発達障害やアスペルガー症候群などの知識も、大学の教職課程で触れた程度の、通りいっぺんなものだけでした。
S先生は未経験だったからこそ、私からの太郎についての情報(アスペルガー症候群の子供への対応)を、熱心に受け入れてくれたのだと思います。
私は、太郎のアスペルガー症候群らしい認知のゆがみや行動、またパニック等を起こした時の対処法など、家庭での工夫をノートにまとめ、S先生に説明しに行きました。
それは一回にとどまらず、運動会や音楽会、遠足や宿泊を伴う校外学習などの度に行っていました。
S先生は、本当に熱心に聞いてくれて、太郎が陥りそうな混乱を予測し、作戦を立て、太郎を観察して、教室で取り入れてくれました。
S先生に経験がなかったからこそ、太郎の都合だけではなく、クラス全体のことを想像して、S先生が取り入れやすいように工夫しようと考えました。
並行して、家庭では、太郎に予備知識を勉強させるなど、混乱を避けるための準備をしました。
太郎にとって、知識は安心材料になります。
遠足の前には、下見として家族で遠足と同じコースを巡っておきました。
小学校高学年になる頃には、実際に行かなくても、インターネットなどで調べておく程度で対応できるようになりました。
私は、S先生とのやりとりを通じて、教室という現場を無視した支援の依頼はありえないことを学びました。
S先生との率直なやり取りがあったからこそ、後に出会う先生方との良い関係が作れたのだと思います。
「先生、こういう子たちのフォローができるようになると、クラスがまとめやすくなります。」が「太郎ノート」を持参する時の私のセールストークでした。
太郎への対応を負担に思うのではなく、便利なツールとして捉えてもらえたら、S先生も受け入れやすくなるのではないかと考えたのです。
まるで「アスペルガーの太郎を売り込みに行く“営業”」のようです。
学校でも、太郎の良いところを活かして弱点を補強するのが、支援の中心であってほしいと思いました。
アスペルガー症候群の太郎へのスペシャル対応「太郎ノート」
アスペルガー症候群の特徴を解説した分かりやすい本も、多く出版されるようになってきました。
たくさんの専門的な支援のアイデアも紹介されています。
それぞれの特性の現れ方も違いますし、生活ステージに従って自由に取り入れることをお勧めします。
「太郎ノート」は「これがアスペルガーの太郎には有効でした」といった内容が中心でした。
専門書には無かった太郎スペシャルの対応について、いくつか紹介します。
上手に気をそらす方法
太郎のアスペルガー症候群の特徴として、「奇妙なまでに一つのことに集中する」ということがあります。
何かに集中すると、それを中断するのがとても難しいようです。
中断されると激怒します。
これには、今でも、ひどく家族は悩まされています。
集中しすぎて脳が過活動して、興奮しすぎて眠れなくなったり、ぱったりと力尽きたら、今度は起きれなくなったりします。
程よい所で集中を上手に切ってあげる方が、程よい生活が送れます。
でも、太郎を激怒させずに、上手に気をそらすことはかなり技が必要です。
ポイントは「好きな事」や「楽しい事」です。
具体例を挙げます。
いくら起こしても起きない時の対処法です。
「昨日のゲーム、あのステージがやっとクリアできて嬉しかったねー」(直近の太郎が楽しかった出来事について話しかける。)
↓
何をしても起きなかったくせに「そうそう、あの隠れた入り口を見つけることがポイントだったんだ云々・・・」と普通に会話が始まります。
好きな歌、曲を歌う。(太郎が風呂で気分よく歌っている歌など。他にインディジョーンズのテーマ、ルパン三世のテーマが太郎には効果的です。何故かその音楽を流すことよりも、肉声の方が効果があります。)
↓
4~5小節ぐらいで一緒に歌い出して、リズム通りに活動し始めたりします。
行動を細かく分解して伝える(脳みそに話しかける)
次の行動を促したい時、行動を細かく分解して言うと、行動しやすくなるようです。
小さい頃(おむつは卒業済み)、起床時にトイレに行くのをものすごく嫌がりました。
トイレに行くことで、始めてしまった遊びを中断するのが嫌だったようです。
膀胱はパンパンですから、イライラし始めます。
でも「トイレに行きなさい」という声掛けでは、太郎はトイレに行けません。
主語を「太郎」にして、これから行う行動を分解して伝えます。
「太郎は、トイレに行って、パンツをぬいで、おしっこをしましょう。」
こういうと、割とすんなり行動できました。
成長して、促す内容は、その年齢にふさわしいものに変化しましたが、何度声をかけても行動が開始されない時は、様子を見ながら表現を細かく分解して言ってみます。
耳に聞こえるかどうかということではなく、脳みそに話しかけるような感覚です。
こそあど言葉(これ、それ、あれ、どれ等)の指示語は使わず、具体的に表現する
太郎のアスペルガー症候群の特徴の一つに、空間認識の弱さがあります。
「お母さん、どこ?」(本人は「こそあど言葉」を使う)に対し、「ここだよ!」と言うより「リビングのパソコンの前にいるよ!」という、具体的な表現で答える方が、太郎にはしっくり来ます。
また、右や左などの方向は、向かい合わせでしゃべると、完全に混乱してしまいます。
遠足などで郊外に出た時は、目標物を明確に説明するように、S先生が工夫してくれました。
10のかくべえさん
太郎は、書字が苦手です。
読む分には、大人がかなわない程の実力を発揮しますが、手で字を書くことが、とんでもなく苦手でした。
大抵は、訓練で改善されるのですが、アスペルガー症候群の特徴の一つとして、視覚認知の狂いがあるので、余り楽しい訓練にはなりません。
鏡文字を書いていた期間も長いですし、「達」や「書」などの横線が多い字を太郎に書かせると、横線の数が倍ぐらいある、魚の骨みたいな字をよく書きました。
特に漢字を正しく書けるようになるために、「10のかくべえさん」というものを利用しました。
これは、私が何かの育児雑誌で見かけたものです。
有名な学者さんが考案したもので、漢字を分解すると、この10個の部品に整理できるから、これを使って子供に漢字を教えてみようということでした。
これはお勧めです。
このシステムを使わなかったら、アスペルガーの太郎が勉強に自信を持つことは、なかったかもしれません。
漢字を覚える時に、この部品名を言いながら書き順通りに書くだけです。
とても覚えやすくなるので、どんな子にもお勧めできる学習法です。
太郎は、今ではずいぶんきれいな字を書くようになりました。
テストで点を取りやすくなるという、背に腹な問題の解決のためでしたが、実際はダンディな塾の先生のカッコ良さにあこがれて、先生を真似てきれいな字を書きたくなったのではないかと、私は密かに考えています。