太郎は、「WISC-Ⅲ(ウィスク・サード)」という知能検査を受けました。
この知能検査の間、私は、別室で成育歴の聞き取りをされていました。
知能検査(WISC-Ⅲ)
太郎の知能検査は、臨床心理士さんのガイドに従って、制限時間をきちんと守って、回答していったようです。
臨床心理士さんからは、「お母さんぐらいの年齢の方でしたら、小学校で「知能テスト」を受けられたと思いますが、この検査は、その「すごい版」です。」と説明を受けました。
この知能検査(WISC-Ⅲ)は、いわゆる「IQ(知能指数)」を調べる検査で、「言語性IQ」と「動作性IQ」の二つを総合した、総合IQを調べることができるとのことです。
テストの結果を評価点で整理し、表やグラフにしてもらいました。
評価点は、検査を受けた子供の生活年齢からみた遂行度に応じて、分野ごとに、1~19の得点がつけられ、10が平均です。
知能の発達の偏りが、検査結果の分野ごとの得点の偏りとして、類型として現れます。
太郎の特徴
知能検査の結果には、数値上の結果だけではなく、そこから考えられる所見と分析の分かり易い説明もありました。
まずは、面談で検査結果を聞き、後日書面に整理されたものが郵送されてきました。
以下、原文のまま紹介します。
言語性と動作性の間に顕著な能力差
WISC-Ⅲ知能検査の知能指数(IQ)では、言語性(言葉にかかわる力など)が、優秀知能と言われる平均より非常に高い水準に達しています。
しかし、動作性(行動面、作業面、目で見て判断する力など)は、平均の下くらいの水準となっています。
この差は非常に大きな発達のアンバランスであり、環境(育て方など)の要因ではなく、生まれつきの発達特性である可能性が非常に高いです。
言語性の下位検査評価点(各課題ごとの評価点:7~13が概ね平均の範囲内)では、“知能(幅広い知識)”“類似(言葉からイメージを膨らませる力、概念の理解)”“単語(単語の意味を説明する課題、語のう力、自分の考え等を伝える力)”が最高点に達しています。
それに比べると、“算数(文章問題を暗算で答える課題、話を聞いて覚える力)”“数唱(不規則な数を聞いて再生する課題、聞いて覚える力)”が低いです。
動作性の下位検査評価点では、“組み合わせ(見本のないパズル課題、先の見通しのない状況での判断、想像力)”が5ポイントと、平均を下まわる水準で、最も苦手な課題です。
それ以外は、7~11ポイントの範囲内なので、概ね年齢相応の力を発揮しています。
これらの結果から、幅広い知識や語のう力が豊富で、言葉からいろいろなことを想像し、自分の知っていることや考えを相手に伝えることは得意です。
それに比べると、人の話をちゃんと最後まで聞くことは苦手であったり、自分の知っていることや興味のあることを、一方的に話してしまうことがあるかもしれません。
言葉に比べると行動面では、マイペースであったり、状況に合わせて行動したりすることが苦手です。
特に、先の見通しがもてない状況、例えば、初めてのことであったり、予想外のことは戸惑うことが多いと思います。
空間認知(例:立体的な作品をつくる)も、想像力が必要なため苦手かもしれません。
他者を叩いたり、力の加減ができないことが多い、自分の思い通りにならないと癇癪をおこし、母親を叩くなどの行動は、太郎君の知的能力や年齢を考えると、叩くことは悪いことという理解は、当然できているはずです。
しかし、叩いている時には、“自分にとって嫌なことをされたから仕返しした”という視点だけで行動しているようです。
しかし、“相手の立場からすると、どう見えるか、どう感じるのか”という視点には、立ち難いようです。
これらの結果から、知的な理解力とは異なる、相手の気持ちや感情を理解するために必要な「対人関係や社会性の能力」、相手とイメージを共有するために必要な「イマジネーションの力」に障害がある可能性があります。
その特性は、アスペルガー症候群の子供さんの特性と一致します。
アスペルガー症候群の特徴は、言葉の発達は非常に優れていながら、相手の発言の裏にある、相手の気持ちを想像しながら発言することが難しいので、相手の気持ちに共感できず、対人関係やコミュニケーションでズレが生じるようです。
診断については、児童精神科の受診が必要です。
アスペルガー症候群は、発達障害の一つで、生まれつきの脳のタイプによるものです。
したがって、育児やしつけの仕方でなるものではありません。
良い面はさらに伸ばし、苦手なところは、周りの大人が手伝ったり、対応の仕方を教えてあげるなどのサポートをすることで、少しずつできることが増えると思います。
否定的な評価よりも、肯定的な評価の方が受け入れやすくなるので、頭ごなしに怒ったり、長い説教をするのは、逆効果です。
話すときは、H君が落ち着いているときに、冷静に伝えましょう。
※
「自閉症スペクトラム」はイギリスのローナ・ウィングが提唱した概念です。
スペクトラムとは、連続体という意味で、知的障害を伴った自閉症から、高機能自閉症・アスペルガー症候群までを、一つの連続した障害としてとらえるということです。
自閉症スペクトラムは、先天的な脳の一つのタイプです。
そのため、その子らしさを活かす子育てが大切です。
(以上、原文のまま)
初めて聞く「アスペルガー症候群」という言葉
面談のために児童相談所に行くまでは、「私が母親としていかに不適格で、いかにダメな子育てをしているかが、とうとう公的機関の専門家に知られてしまう。太郎が私から引き離されて、連れて行かれるかも知れない。太郎のためなら、それも仕方ないけれど・・・。」と、やりきれない思いで、押しつぶされそうでした。
主人も親戚一同も一致した意見だったし、私自身が、太郎の子育てに一番不安を感じていたので。
面談の冒頭に、臨床心理士さんから「お母さん、よく一人で頑張ってこられましたね。」と言われました。
私は、「は?」と聞き直してしまいました。
責められているのか、認められているのかが分かりませんでした。
「ここまで言語性が突出して、動作性との差が開くケースを、僕は初めて見ました。太郎君の感じ方は、これは相当厳しいだろうと思います。」とも言われました。
私は、「自分は、責められているのではない。」と分かった途端に、泣けてきました。
説明を聞いていると、まるで太郎と私が困っている場面を、実際に見ていたのかと思えるほど、よく当たっていました。
太郎の成長は、抜きんでた言語性が、不自由な動作性を補って「なんとかしている」という状況だろうと、分析されたのが、特に印象に残っています。
初めて「あなたのせいではない」と言ってもらえたことと、「アスペルガー症候群」という初めて聞く単語が登場したことで、私はめまいがしそうでした。
帰り道の大きな書店で、「子育て」コーナーと「医療・福祉」コーナーにある、「アスペルガー症候群」と表題にある本を、片っ端から買ってしまいました。
電車の中でそれらの本を流し読みながら、私は、「太郎のトリセツ(取扱説明書)が出てきた!」と思ったのでした。