激しい痛みなどで苦しみもがいて転げまわる様子を、「のたうちまわる」と表現します。
「激痛で、のたうちまわった」と聞けば、激しい痛みにもがき苦しんでいる姿が、容易に想像できますが、
この「のたうちまわる」の「のた」とは、どういう意味なのでしょう。
「沼田」での「泥浴び」
「のたうつ」という表現は、「ぬたうつ」が変化していったものとされていますが、「ぬたうつ」という表現は、ずっと昔から使われていたといわれます。
「ぬたうつ」の「ぬた」は、「沼田」(泥深い湿地)のことを指すとされています。
山の中に棲んでいる「イノシシ」は、泥を浴びる習性があるといわれますが、
イノシシは、夏になると「沼」などで「泥浴び」をして、身体を冷やしたり蚊やアブなどに刺されないようしたりするのだといいます。
現在でも、山間部では、夏になると山から下りてきた「イノシシ」が田んぼで「泥浴び」をすることがあり、その際に「稲が倒される」被害が出たりもします。
この「イノシシの習性」から、江戸時代には「泥浴びにきたイノシシを捕らえる」という「猟」が行われていたといわれます。
「沼田で待つ」ということからその猟法は「ぬたまち」と呼ばれ、イノシシが「沼田で泥遊びをすること」は「ぬたうつ」と呼ばれていたといいます。
この「ぬたうつ」が、江戸時代の中頃ころになると次第に「のたうつ」に変化していき、その意味も「人間がもがき苦しむ様子」を表すようになっていったといわれています。
確かに「イノシシが沼田で泥遊びをしている様子」は、見方によっては「人間が泥の中でもがき苦しんでいる様子」に似ているところがあるかもしれません。
「のたうちまわる」の「のた」の語源は「沼田」だったというわけです。