小学校2年生の秋ごろ、太郎がクラスメートにケガをさせる事件が起きました。
担任は、1年生の時と同じ先生でした。
困った表情が苦手なことがトラブルの原因に
防災訓練の一環で非常食の学習があり、カンパンの大きな缶詰が各自に配られた日のことでした。
下校途中、そのクラスメートに出会い、太郎はいきなりその缶の入った袋を振り回して殴ってしまいました。
友達の口元に当たり、少し切れてしまいました。
幸い、縫うほどの傷にはなりませんでした。
担任の先生が、事の経緯を双方から丁寧に聞き出してくれました。
クラスメートにしてみたら、「いきなり殴られた」という思いですが、太郎にとっては、1年以上前から始まっていたことだったということが分かりました。
太郎の言い分は、そのクラスメートが長い間しつこく「煙草を吸ってるおっさんみたいだ」と、太郎に会うたびにからかってくるから、というものでした。
それまでは、意味も良く分からないから我慢していたけど、今回も、また言って来るだろうと思って、怒って缶でぶったというのです。
クラスメートに確認すると、からかっていたことは事実であると分かりました。
でも、太郎がうっすら笑っているので、まさか怒っているとは思っていなかったようです。
アスペルガー症候群の症状の出方の一つだと思いますが、太郎は、困った時に困った表情ができません。
先生も私も、「煙草を吸ってる云々」の意味は分からなかったのですが、少なくとも太郎の嫌な気持ちは、よく分かりました。
「からかい」の原因判明
後になって、どうしてその友達が、「煙草を吸ってるおっさん」と言うようになったのかが分かりました。
1年生の時、太郎は目に怪我をしました。
隣の席の女の子が、固くはまってしまったキャップを、鉛筆から抜こうとして、左手にキャップ、右手に鉛筆を握って、左右に引っ張って頑張っていました。
「うーーーん、はっ!」と、勢いよく鉛筆が抜け、勢いづいた腕が左右にひろがりました。
右手に持った鉛筆のとがった芯の先に、太郎の目があったのです。
救急車で病院に運ばれるなど大騒ぎでしたが、幸い後に影響は出ませんでした。
このケガの後しばらくの間、太郎はケガした方の目を細めるようにしていました(少し痛かったんだと思います)。
「煙草を吸ってるおっさん」というのは、その片目だけ細めた太郎の表情を指した表現だったようです。
クラスメートの親御さんに謝罪したところ、長い間からかい続けてしまったことを、逆に謝っていただき、その後、親同士も子供同士も仲良くなるという、嬉しいおまけがつきました。
先生と私は、「やり方を間違ったけど、「いや」を表現できたことは良かった。」と太郎に話していました。
アンガ-(怒り)コントロールが苦手
しかし、このことが裏目に出ます。
ケガをさせるまではいかずとも、高学年とケンカをしてくるなど、トラブルが続くようになったのです。
アンガ-(怒り)コントロールの苦手さは、アスペルガー症候群の特徴の一つです。
私へのかんしゃくが、その現れの一つです。
外では、緊張のせいで我慢を重ねていたのが、ストレスとなって私に爆発していたという面もありました。
完全に押し殺して怒りをため込んでしまうか、全開に出してしまうかの極端さが、アスペルガー症候群の太郎にはありました。
後になって、知識を得てから分析してみることができましたが、その時はただ違和感があると感じるだけでした。
やっぱり発達検査を受けよう
それぞれのトラブルの様子を確認したり、実際に目撃したりしたなかで、私が感じた太郎への違和感は、次のようなものです。
「嫌なことをされる(言われる)」と「掴みかかっていく」との間に、太郎の表情の変化が無いのです。
表情の変化が乏しいのも、アスペルガー症候群の太郎の特徴の一つです。
母親だからこそ分かる、微妙な表情のこわばりはありますが、相手が太郎の怒りに気付くほどの変化ではありません。
相手にしてみたら、太郎の様子を見ながら、手加減するつもりだったのかもしれません。
太郎の怒りが「突沸(突然沸騰)する」(しているように見える)ので、いきなり大事になってしまのです。
児童相談所に相談
大きな事件に発展してしまうのが心配で、児童相談所に再度相談を申し込みました。
児童相談所の発達相談はいつでも混んでいるので、数か月順番待ちをする覚悟で電話をしました。
申し込みの電話でも、相談内容をかいつまんで話す必要があります。
「以前に発達検査を見送ったこと」「ケガをさせたこと」「怒りの様子が気になること」などを話すと、「お母さん、ちょっと急いで対応した方が良いと思います。スケジュールを調整してみますので、来週当たり来られますか。」との対応でした。
相談の結果、発達検査も早急に受けることになり、以前の申し込みでは1年待ちだった発達検査も、その2週間後に予定されました。
実は、児童相談所への相談も、発達検査も主人には内緒でした。
「太郎の発達に疑問を持つお前は、母親失格だ」というのが当時の主人のスタンスでした。
主人を説得することで私の心をすり減らすよりも、太郎のことをまず優先しようと考えたのです。
児童相談所の心理士さんは、「アスペルガー症候群の子供がいる家庭には、よくあるケース」と心得ていて、電話連絡の際にもし主人が出たら、「大学時代の友人」と名乗ろうなどと、打ち合わせもしました。
発達相談には、もちろんアスペルガー症候群の太郎自身を連れて行く必要がありますが、発達検査のことを、太郎にどう説明して連れて行くかも相談にのってもらえました。
「ちょっと変わった遊びをしに行こう、と誘ってみてください」とアドバイスを受け、その通りに太郎を誘いました。
緊張していたのは私ばかりで、太郎はいたってごきげんに発達検査を受け、「今日のことは、お父さんには秘密ね」という私の言葉に、太郎はパフェで「買収」されました。