四面楚歌/意味・由来

四面楚歌(しめんそか)

「四面楚歌」の意味

周りをすべて敵に囲まれ、味方が一人もいなくて孤立していること。

「四面楚歌」の語源・由来

「四面楚歌」の語源は、「史記」項羽紀にある、以下の故事が由来になっています。

秦が滅んだ後、楚の項羽(こうう)と漢の劉邦(りゅうほう)が覇権を争っていました。

長い戦いのうちに、しだいに漢軍が優勢となってきました。

項羽は、垓下(がいか)という地に砦を築きましたが、兵力も食糧も少なくなってきていました。

漢軍の劉邦は、この砦を包囲し、自軍のなかの楚国出身の兵士たちに楚の歌を歌わせたのです。

漢軍に取り囲まれた四方から楚の歌が聞こえてくるのを聞いた楚軍の項羽は、驚いて言いました。

「漢はもう楚を占領してしまったのか。なんと楚の人が多いことよ。」

漢が楚を占領してしまったと思い込んだ項羽は、覚悟を決めて別れの宴を開きました。

漢軍の劉邦が考えた心理作戦が功を奏したのです。

その後、項羽は、砦を出て烏江(うこう)というところまで馬を走らせましたが、漢軍に突入して自決したのです。