「アスペルガー症候群」と「カサンドラ症候群」

カサンドラ症候群は「カサンドラ愛情剥奪症候群」「カサンドラ情動剥奪障害」と訳されることもあります。

元の英語は「Cassandra Affective deprivation Disorder」です。

カサンドラ症候群は、アスペルガー症候群である男性パートナーがいる女性が陥りやすい、精神的な抑うつ状態のことを指します。

カサンドラ症候群は、アスペルガー症候群とセットの新しい症候群

カサンドラ症候群は、アスペルガー症候群の家族がいる人たちの自助サークルで情報交換がされているうちに、多くの人が似たような精神状態にあることが確認され、それに名前を付けたことが最初です。

アスペルガー

「アスペルガー」は、もともとオーストリアの精神科医の苗字です。

このアスペルガー氏が、第二次世界大戦中に臨床研究の中で、ある共通する特徴を認めた知的障害のない自閉傾向の子供達についての論文を発表します。

第二次世界大戦中のオーストリアは、ナチスドイツの時代です。

「自閉傾向はあるものの、強いこだわりを活かして行けば有益な存在に成長しうる子供達」と定義して、優生政策の名の下にガス室送りにしていたナチスに働きかけ、障害のある子供達をガス室から守って研究対象にした人でもあります。

しかし、元々医療関係者にはユダヤ人が多く、ヨーロッパから多くの医療関係者がアメリカなどに亡命していました。

そういった人たちが第二次世界大戦後の医学界の中心を担ったので、ナチスのシンパだったアスペルガー氏が発見し、また優生政策に利用されたということから、この「症候群」は戦後の医学界では注目されませんでした。

それから40年近く経って、1980年代になると、イギリスのローナ・ウィングという児童精神科医がアスペルガー氏の論文に注目し、自閉症スペクトラムの一つの形態として定義し直して「アスペルガー症候群」として考えられるようになりました。

元祖アスペルガー氏の研究の後に、精神医学の分野で周辺の研究が進んだことで、再注目されることになったのだと思います。

ローナ・ウィング氏の再定義の後、アスペルガー症候群という捉え方が徐々に浸透して約20年後、1980年代にアスペルガー症候群であることが分かった子供が大人になり、結婚して、しばらく経った頃、その嫁たちの抑うつ状態に共通した病理として名前が付けられたわけです。

カサンドラ

「Cassandra」も、元は人の名前です。

しかし、起源はぐーっと遡ってギリシャ神話です。

トロイア戦争の話に出てくるトロイアの王女様です。

アポロンはトロイアの王女、カサンドラを口説き落とします。

自分の愛人になったお礼に、アポロンは予言の能力をカサンドラにプレゼントします。(アポロンは神託の神様でもあるから)

カサンドラは予言の能力が備わったとたんに、アポロンが自分を捨てて行ってしまうことを予知し、アポロンを拒絶してしまいます。

アポロンは怒ってカサンドラの予言を誰も信じないように、呪いをかけます。

そして、カサンドラはトロイア戦争を予言し、巨大な木馬には敵が隠れていることも予言し、国が亡びるのも予言しますが、誰も信じません。

この誰にも信じてもらえない状況にちなんで、カサンドラ症候群が名付けられたとのことです。

アスペルガー症候群を知らない人に、その奇異さを説明しても理解してもらえないように、アスペルガーを知らない人に、カサンドラ症候群を説明しても全く理解されません。

確かに、アスペルガー症候群のパートナーや家族の支援の内容や苦労はかなり説明が難しいです。

たとえ説明が上手にできたとしても、他人には理解しがたいと思います。

カサンドラ症候群は、アスペルガー症候群のパートナーが陥る精神的病理

妻は、アスペルガーな夫に完璧な内助の功を求められ、すべての手柄を差し出すよう仕向けられます。

妻自身が訴えなければ、妻の思いは、日の目を見ることはなくなってしまいます。

人にもよりますが、アスペルガーな夫は、絶対君主のように妻の訴えを叩き潰すか、フリーズしてしまってまるで何も聞かなかったような態度をとります。

カサンドラな妻は、自分の思いを伝えるために、アスペルガーな夫に伝えるための更なる工夫をしなければならなくなります。

夫婦二人分の精神的な繋がりは、本来ならば二人で双方向に作られるはずです。

しかし、一方がアスペルガー症候群だと、そのつながりはアスペルガー症候群でない方が一人で作らなければならないのです。

腹話術氏が、一人で人形と会話を成立させて行く様子に似ています。

これはとても疲れます。

抑うつ状態が続き、うつ病と診断されるケースでも、カサンドラ症候群であるならば、原因であるアスペルガー症候群のパートナーから物理的に距離を置くことによって、症状が改善します。

アスペルガー症候群を含むカップルの離婚率が高いのは、パートナーにカサンドラ症候群が合わせ鏡のように始まってしまい、カサンドラ症候群に耐えきれなくなって離婚に踏み切るケースが多いのだろうと想像します。

参考図書

アスペルガーとカサンドラに関する参考図書を紹介します。

紹介する順番は、実際に私が読んだ順番ですが、出版された順番でもあります。

一緒にいてもひとり アスペルガーの結婚がうまくいくために
 (カトリン・ベントリー著 東京書籍刊)

・アスペルガーのパートナーのいる女性が知っておくべき22の心得
 (ルディ・シモン著 スペクトラム出版社刊)

旦那さんはアスペルガー 奥さんはカサンドラ
 (野波ツナ著 コスミック出版刊)

特に、野波ツナさんの「旦那さんはアスペルガー」シリーズは秀逸です。

「旦那さんはアスペルガー 奥さんはカサンドラ」は5冊目になるシリーズ最新刊です。

このシリーズを初めて本屋さんで見かけた時、何気なく立ち読みしました。

著者であるツナさんとツナさんのご主人のアキラさん(アスペルガー症候群)のことが書かれています。

本の中のアキラさんの行動様式が本当に主人によく似ていて、それを見るツナさんの思いに気味が悪いほど経験があって、怖くて買って帰れませんでした。

後日、結局カウンセラーの方に勧められて購入するのですが、これを読んだ次男も「アキラさんは、お父さんにそっくりだね」と感想を漏らしました。

このシリーズを読んだことがきっかけで、我が家は家族で主人や太郎のアスペルガー症候群の「勘違い談義」を面白おかしく話し合えるようになりました。

しかし近刊では、結局ツナさん夫婦は、別居という形を選択します。

私と次男は「アスペルガーなお父さんでも大丈夫」という路線のストーリーを期待して読んで来ましたので、「我が家の場合」はどうなるのだろうと不安に思っています。